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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)60号 判決 1987年5月13日

控訴人 太田冨士雄

右訴訟代理人弁護士 太田常晴

野々山宏

国弘正樹

被控訴人 井上藤治

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 杉島勇

杉島元

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を京都地方裁判所に差し戻す。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人井上藤治は精華町に対し、金九三八万円及びこれに対する昭和五五年四月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人松下由春は精華町に対し、金八八五万九二二六円及びこれに対する同年同月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人前田佐一郎は精華町に対し、金五二万〇七七四円及びこれに対する同月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

6  前第2、3、4項につき仮執行の宣言。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に補正・付加するほかは原判決事実摘示の記載と同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決三枚目表七行目の「被告精華町長」を「精華町長」と改める。

2  同三枚目裏六行目、同六枚目表七行目から八行目、同裏二行目の各「本件同意及び」を削除する。

3  同四枚目裏七行目の「本件同意及び」以下同五枚目裏七行目までの全文と同八行目の「(二)」を削除する。

4  同六枚目表一〇行目から末行の「本件同意は被告精華町長の裁量に属し、」を削除する。

5  同六枚目裏六行目から同七枚目表七行目までの全文を次のとおり改める。

「本件支出は、被控訴人らその他の者により巧みに隠蔽されていたため、昭和五九年六月二七日に開催された同年第二回精華町議会定例会において同町議会議員大崎鉄平が精華町長に対して昭和五五年三月三一日付覚え書(甲第五号証)に基づく受益者負担金の処理について緊急質問をしたことにより初めてその一部が発覚した。これが本件支出の事実が一般住民に判明する端緒である。一般住民は常に議会を傍聴しているわけではなく、また事前に質問内容が明らかになっているのでもないから、議員以外の一般住民が本件支出の事実を右議会における質疑の時点で直ちに知ることができなかったのは当然である。

控訴人が本件支出の事実を具体的に知ったのは以下の経過により昭和六〇年二月七日である。

(1)  精華町の住民が同町議会定例会の審議内容を知りうるのは、同町住民に全戸配布される「精華町議会だより」による。前記第二回定例会の審議内容は、昭和五九年一〇月発行の「精華町議会だより」第二五号により初めて住民に知れるところとなったが、控訴人が同月一二日ころ配布を受けた右議会だよりの記載を見ると、本件同意とこれに伴う予算外の九三八万円の収入があった事実は明らかにされているのに対し、町長が裏金として本件支出をした事実は記載されておらず、依然として隠蔽されたままであった。もっとも右議会だよりの記載を手がかりにして議事録を閲覧すればその詳細を知りえた筈であるけれども、本件では右定例会の議事録が作成されたのは本件監査請求をした後である昭和六〇年五月である。

(2)  前記議会だよりは本件同意と裏金の受領について議会が地自法一〇〇条に基づき用地買収事業調査特別委員会を設置した旨を報じているので、住民は右調査特別委員会の活動を追跡すれば本件支出の事実を知りえた筈である。しかし、ここでも右委員会は住民からの審議傍聴の要求を拒み続けたばかりか、委員会の構成員に対しても資料の公表を制限し、コピーの作成も禁じていたので、一般住民が本件支出の事実を知ることは不可能であった。

(3)  一般住民が右調査特別委員会の調査内容を具体的に知ったのは、昭和六〇年二月五日開催された第七回右委員会での収入役の事実経過説明を報道した同月六日付の新聞記事による。ここで初めて控訴人は本件支出の事実を知った。

以上の事実経過によれば、控訴人は昭和五九年六月二七日の時点で本件支出の事実を知りうる余地はなく、同年一〇月一二日ごろ配布を受けた精華町議会だよりは本件支出の点を報じていなかったのでこれを知る由もなく、監査請求を必要と考えさせるほどの具体的事実を知りえたのは昭和六〇年二月六日ころである。そして、控訴人は右知りえたときから約一ヶ月後に監査請求をなしたのであり、住民が違法行為を知り又は監査請求しうる時から相当な期間内に監査請求をしたと言えるから、控訴人の本件監査請求には地自法二四二条二項但書の「正当な理由」がある。

なお、右の「正当な理由」を解釈する場合、同条同項本文に定める監査請求期間を「一年」と定めている趣旨を尊重し、隠蔽された事実が発覚した後一年以内に監査請求をすれば「相当な期間内」にしたものと解すべきである。

また、本件監査請求の対象となった本件支出の事実は、精華町議会における大崎議員の質問を端緒として問題となり、同議会は地自法一〇〇条一項の調査権に基づき特別委員会を設置して事実調査を始めたが、同一事実を対象として一般住民が直ちに監査請求することを期待するのは事実上無理である。特別委員会による調査を見守っていた控訴人は、右委員会における一般住民の傍聴制限が問題化したうえ昭和六〇年二月六日の新聞記事から本件支出の事実を知るに及び、議会の調査だけでは充分でなく住民訴訟に訴える必要を感じたのである。以上のような意味で、控訴人が本件監査請求に先立ち議会の調査特別委員会の調査の成行を見守っていたことは、昭和六〇年三月八日に本件監査請求をしたことの「正当な理由」になる。」

6  同七枚目裏五行目から七行目の「二号に基づき、本件同意が無効であることの確認を求めるとともに、同項」を削除する。

7  同八枚目裏七行目から一〇行目までの全文(原判決事実二、2全文)を削除する。

8  同八枚目裏末行目の「3」を「2」と改め、同九枚目裏三行目の「本件同意及び本件支出の」を削除する。

9  同九枚目裏七行目から同一〇枚目表一行目までの全文(原判決事実三、(主張)1全文)を削除し、同二行目の「2」を「1」と、同一一枚目表五行目の「3」を「2」と各改める。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件訴えの適法性について判断する。

1  被控訴人井上藤治は、精華町長として、府営祝園地区かんがい排水事業における用地買収の補償金として、昭和五五年四月一九日、被控訴人松下由春に対し八八五万九二二六円を、同月二六日、被控訴人前田佐一郎に対し五二万〇七七四円を各支払ったこと(両者を本件支出という。)、控訴人が、昭和六〇年三月八日、精華町監査委員に対して本件支出につき地自法二四二条一項に基づく住民監査請求(本件監査請求)をしたことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件監査請求が地自法二四二条二項本文所定の監査請求期間が経過した後にされたことは明らかである。

2  そこで、控訴人が右期間経過後に本件監査請求に及んだことは地自法二四二条二項但書に定める「正当な理由」があるか否かを検討する。

(一)  同法二四二条二項は、監査請求を求める住民は一年の監査請求期間を経過した後でも正当な理由がある限りなおこれを求めうると規定する。この規定は法律関係の早期安定の確保という原則を明らかにするとともに、右原則を適用することが著しく正義に反する特別の事情が認められるときに一定の要件のもとに例外を認めたものである。すなわち、当該違法・不当の行為をした関係者が一般住民に隠れて秘密裡にこれをしたなど特段の事情が認められる場合において、監査請求を求める住民が、地方公共団体の議会議員その他の特別の立場にあって一般住民に先んじて右違法・不当の行為を知った場合には右事実を知った時から、そうでない場合には監査請求を求めようとする住民に対して地自法上要請される相当の注意力をもってなすべき程度の調査義務を尽くしていれば当該違法・不当の行為を知りえたであろうと認められる客観的な条件ないし事実関係が生じた時から、それぞれ相当な期間内に、右住民が当該行為について監査を請求した場合には「正当な理由」があると言うべきである。

(二)  ところで、《証拠省略》によれば、控訴人は精華町で税理士を開業する町民であって町議会議員など精華町の予算執行状況について一般住民に先んじてその内容を知りうる公職にあるものでもないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そこで、控訴人は監査請求をしようとする一般住民として前説示したような調査義務を尽したか、然りとすれば本件支出の事実を知り本件監査請求に及んだ時期は同事実を知りえたであろうと認められる客観的な条件ないし事実関係が発生した時点から相当の期間内にあるか否かを以下に見る。

前示当事者間に争いのない事実のほか、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和五五年四月にされた本件支出は、予算外収入の金員で用地買収のためにされた予算外支出であったため、関係者以外には秘密のうちに行われ、一般住民はもとより精華町議会も知らなかった事項である。しかし、同町議会大崎鉄平議員は、右の点を単独で調査し、昭和五九年六月二五日から同年七月九日まで開催された同年第二回精華町議会定例会(以下、第二回定例議会という。)の六月二七日午後八時五〇分から精華町長被控訴人井上藤治に対し、五年前の本件支出、その前提となる本件同意と予算外収入の事実関係を関連質問の形で突然質したところ、同町長はその事実関係を説明して陳謝したが、時間の都合もあり、同議会は地自法一〇〇条に基づく特別委員会の設置を決議し、午後一一時〇五分散会した。

(2) 大崎議員による議会での右質疑については、新聞・ラジオ・テレビによる報道はなかった。しかし、同年一〇月に全町民に全戸配付された広報誌「精華町議会だより第二五号」は「六月定例議会、用地買収費、予算計上せず処理、議会百条調査権を発動」との大見出しと、「予算不法執行に再び町長陳謝する」との小見出しを掲げて右質疑のうち本件同意と予算外収入に関する部分を報じたが、本件支出の点は省略していた(なお、前示した大小の見出しと同旨の記事部分は、予算外支出の存在を窺わせるものといえないこともないと見うるが、記事全体を通読するとき、予算外収入と本件同意の対価的性格を問題視した趣旨が濃く、支出それ自体までも予算外でされた旨を報じた記事とは認め難い。)。

また、右議会の議事録は昭和六〇年二月五日ころに至るも作成されていなかった。

(3) 地自法一〇〇条に基づき設置された用地買収事業調査特別委員会は約七回にわたり審議を遂げ、町議会議長に対し昭和六〇年三月二九日付報告書(付、少数意見報告書)を提出した。同委員会は、全委員の了解のもとに資料公開の制限、資料のコピー作成の禁止をしたうえ、委員長の判断により事実上住民の傍聴を制限したため一般住民に対しては非公開の形で運営された。

(4) 控訴人は、昭和五九年六月二七日の前示第二回定例議会を傍聴せず、事前にその質疑を知るところもなく、同年一〇月中旬に受け取った前示「議会だより」を見て本件同意と予算外収入の存在及び一〇〇条委員会の設置を知った。控訴人は右委員会が事件の真相を解明するものと期待していたところ、昭和六〇年二月六日知人から同日付の新聞記事を教えられてこれを読み、初めて本件支出の概要を知り、翌日、さらに事実関係を詳しく知るため知人の町議会議員を訪ね、右委員会の審議内容を聞き資料の提供を受けた。控訴人は右二月六日以前に町議会議員から第二回定例議会や右委員会での質疑応答の内容を聞いたことはない。

(5) 控訴人は、右資料を検討した後昭和六〇年三月八日に本件監査請求をした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係によれば、次のとおりである。

昭和五五年四月の本件支出は、きわめて秘密裡に行われ一般住民が知りうる余地はなかったところ、昭和五九年六月二七日夜第二回定例議会で突然なされた議員質問から判明した。しかし、この議会での質疑応答は新聞などの報道はなく、同年一〇月に全町民に全戸配付された「精華町議会だより第二五号」により質疑内容の一部である本件同意と予算外収入の存在が報じられたに止まり、本件支出については報じられず、右質疑に関する議事録も昭和六〇年二月五日に至るも作成されていなかった。また、用地買収事業調査特別委員会は資料の公表やコピーの作成、住民の傍聴を事実上制限していたので、本件支出をめぐる審議は昭和六〇年二月六日の新聞報道により初めて広く住民の知るところとなり、控訴人も右新聞記事により初めて本件支出の事実の大筋を知った。そしてより具体的な事実を知るために町議会議員を訪ねてその詳細を確知した。

一般に議会での質疑により違法・不当の行為が明らかになったとしても、それをもって直ちに一般住民も右行為を知りえたということはできない。一般住民がこれを知りえた筈であるといえるのは右行為が広く住民に報ぜられた時からである。ところが本件においては、昭和五九年一〇月の議会だよりには本件支出の点は脱落していたことに加えて、仮に直ちに前示議会の議事録の閲覧を求めたとしても本件監査請求時ころまでに右議事録は作成されていなかったほか、前示特別委員会もほぼ非公開であったので、一般住民は如何に調査を試みたとても本件支出を知る状況にはなかった。したがって、控訴人は一般住民として本件支出を一般に知りえたであろうと認められる昭和六〇年二月六日から約一月で本件監査請求に及んだのであるから、相当の期間内に監査請求をしたものというべきであり、本件監査請求については地自法二四二条二項但書に定める「正当な理由」があると認めることができる。

3  次に、被控訴人井上藤治は、精華町長である同人に対する本訴請求は地自法二四三条の二所定の手続によってのみ実現されるべきであるから不適法であると主張する。しかし、普通地方公共団体の長の当該地方公共団体に対する賠償責任は民法の規定によるものと解すべきであって地自法二四三条の二を顧慮する必要はないから、控訴人は被控訴人井上藤治に対して同法二四二条の二、一項四号に基づく代位請求訴訟を提起することができる。したがって、右被控訴人の主張は失当である。

4  精華町監査委員は昭和六〇年四月三〇日控訴人の本件監査請求に対して本件支出は違法ではあるが無効とするには該らない旨の通知をしたことは《証拠省略》により認められ、控訴人がこれを不服として同年五月二九日本訴を原審に提起したことは原審記録上明らかであるから、地自法二四二条の二第二項に定める要件を具備する。

5  控訴人の本訴請求は以上の次第で訴訟要件に欠けるところはなく適法のものであり、これを不適法な訴えであるとして却下した原判決は失当であるから、民訴法三八八条に従い原判決を取り消してこれを差し戻すべきである。

二  よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大和勇美 裁判官 大久保敏雄 稲田龍樹)

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